| この20数年を振り返っただけでも、店は時代とともにあることを痛感する。 |
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| 近年は<モノが見える販売>が必須のマーケティングである。そこに<食べるシーン>がイメージとして喚起されてはじめて、商品は消費者の目に止まる。並べているだけでは購買動機は起こらないのだ。そこに<感動>を呼ぶものがなければ購買にはいたらない。「和菓子が売れない」とはどういうことか。茶席とか和風とか特殊な部分だけで生き残っているからではないか。受け入れられないのなら、消費者の生活に溶け込めない要素が何であるかチェックすべきだ。いったい店は<感動>を呼び起こす装置となっているのか。 |
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| <感動>が購買動機となっている例として、近年のパティシェブームがある。消費者は、作り手のプロフィール、人間性や価値観といったものに感動する。店のイメージづくり、カフェの併設、他店と明解な違いのあるケーキの打ち出し、ギフトのバラ売り・少量販売への切り替えなど、複数の購買ポイントが綿密に融合されている。 |
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| 残念ながら、和菓子には未だ“作り手の顔”が見えない。厳しいようだが“モノが見える販売”とは言い難い。歳時・行事の菓子は本来であるとしても、長年それだけに頼りすぎてはいないか。消費者はもっと身近なこと−母の日、父の日、バレンタインなど、本当に身近な人へのプレゼントや、ホームパーティ等に合うような<新しさ>を求めている。 |
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| 今、その様式にぴったりはまっているのが他業種だろう。人々はレストランでの外食を楽しむ一方で、スローフードに関心をもち、ホームメイドの味を喜んで受け入れている。 |
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| 不易流行ではないが、新しさを求める上で変えてはいけないものはあるだろう。が何割かの部分は歩み寄っていかないと、見えてこないのが新しさだ。『菓子、新し』で、HIGASHIYA・緒方オーナーはこう語る。「新しい菓子屋は、ファッションや音楽など菓子と関係ないところの流行を知らなければできない。和菓子屋さんには味のしっかりした基盤があるのだから、あとはマーケティングでしょう。海外に出て全然違うものを見て、食べて何か違うな、とかそんな視点から意識してイマを見ていると、今後何をすべきかが見えてくるはず」。緒方氏はいつも尖がってモノを見て、究極、日本の文化そのものを目指して何かをしたいと思い続け、行き着いたのが和菓子屋だったようだ。「和菓子の新しいスタイルとは、和も洋も、お客さんから見れば区別はないということから…」。なるほどこういったところからスタートすべきだろう。 |
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必要なのは、確かな菓子をつくる職人ワザと提案力だ。
但し提案力には、作り手の経験が要る。 |
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なにより大切なことは実行してみることだ。2〜3年でまた変えるはめになることもあろうが、一度こうと読んだら、そこで躊躇わないことだ。何もしないのでは、何も起こらない。
一事が万事。 |
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