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vol.1 新しい菓子のスタイル
vol.2時代を見据えて

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Vol.2
時代を見据えて

 当社は、昭和7年(1932年)、先代の尾関勇吉が個人で「安全アルミ容器製造所」を創業したのが始まりです。株式会社として組織化したのは昭和26年(1951年)、当時、和菓子屋さんが広く扱っていた菓子の中でも特に羊羹包装に特化し商売をはじめました。羊羹は小豆、砂糖、寒天という3つの原料を配合して煮て固めたお菓子で、保存食に近い特性があります。それを確実に日持ちさせるため、アルミ素材に直接流し込める羊羹充填用の内装材を考案し、昭和58年(1983年)まで包材メーカーとしてその製造を行ってきました。ここまでが第一次創業期になります。
  株式会社アンゼン・パックス 代表取締役 尾関武男

 第二次創業期、昭和58年には私もすでに入社しておりましたが、高度成長期とともにお菓子も多様化しつつあり、羊羹や饅頭だけでなく、いろんな焼きもの、特に各都道府県の菓子が名物化し、バリエーション化されていった時代です。この頃、お菓子の包装はもっと広く進化していくだろうという展望が広がりました。
 パッケージ包装の一番大切な使命は<お菓子を衛生的に安全かつ破損なく日持ちさせること>にあります。一方で消費者は、よりきれいで、中身を主張できるパッケージを要望するようになっていました。日本人に本来の美意識としてある“包む文化”は、例えば風呂敷できちんと包んでお届けし、相手方でそれを解いて気持ちを伝えるといった行為自体に意味を持つもので、たとえば、金品でも裸のままお出しするものではないよう、のし袋があったり懐紙があったり、日本の包装はそれぞれのかたちに根底を持っています。生活が豊かになるとともに、和菓子にも生活の様式に合った包装が要望されるようになってきたのは当然でもあり、そういった様式が包装本来の使命とともに大きな必要性にもなってきました。

 こういった時代背景が、第ニ創業期の大きな組織変えへと繋がり、昭和58年には羊羹の包装容器を作っていた専用工場を独立採算に分離しました。羊羹に特化した製造ラインだけでは、この先ご要望に応えていくことはできなくなる。当社がお客さんに応えるべきことは何か、他社との競争力になるのは何か、ハード供給からソフト面を含む提案へ向かうことこそ当社の商売の在り方ではないか、そういったことが第ニ期における大きな柱となりました。
 私達は、実際にお菓子を買って食べていただく消費者のニーズや購買動機をつかむことで、お菓子のパッケージに何が必要であるかを考えました。お客さまへ中身をメッセージできるデザイン、他店と差別化できるデザイン、日本人が持っている美意識に応えることができるデザイン。

 組織化を行った約4年後の1987年、新社屋完成と同時にCIを導入し、株式会社アンゼン・パックスと社名変更しました。第三創業期の始まりです。ANZENは旧社名をそのまま引き継ぎ、PAXのPは本来のPACKAGEとPEOPLEの意、PEOPLEとは社員、顧客のみなさま、消費者まで含んでいます。Aは当時赤坂の地にあったことから、Xは未来、いつの時代も過去を否定せずに未来を見据えた企業集団として歩んでゆきたいといった意味を込めて社名としました。また、パッケージデザインやお菓子屋さんの将来像を提案するショールーム<ぎゃらりー包の館>を併設し、社内的にはデザイナーの要請や企画室の充実を図っていきました。
 一方で、当時想像できなかったデメリットも出てきました。パッケージを提案するにあたって、デザイン性や表現力を考えてゆくほど、従来作っておられるお菓子に合わなくなってきたのです。こういう企画こそ御社の時代性を捉えた新しいパッケージですと提案した時、お菓子の表現とパッケージイメージとがずれてしまう。われわれが提案する新しい企画は、旧来のお菓子にはそぐわなくなる傾向がありました。

 “このくらいの食感や甘さを特長にしては?”“食べやすい大きさは?”“親しみやすい菓銘は?”と、そういったところまで提案していくと、どうしてもお菓子ができない。充分な技術者がおられても、何年、何十年とかけて同じものを作ってこられたわけですから、そう簡単にはいきません。また、日々工場の中でお菓子を作ってこられ、外を見る眼がなくなっておられることにも気がつきました。時代がどう動いて何を欲しているかということを、残念ながら見ていただけない。ゆえに我々の企画提案もご理解いただけないまま自社内に塩漬けとなり、ビジネスとして成立しなくなるという問題が出て来ました。これでは商売になりません。
 ならば、今、なにが消費者の味として必要かをプレゼンテーションしてみよう、当社がお菓子を開発しよう、製造設備がないのであればOEMして供給していこう、と考えはじめました。特に夏のゼリーや水羊羹に類するカップものは一定期間だけの商品、お客さまは設備投資をしても採算が合わないという現実があります。そういった経緯をへて、現在のフィールド事業部の前身が生まれました。
 店づくりは、<菓子づくり><売り方><サービス><店舗設計>まで含めたトータルバランスを要します。“お菓子からご提案する”という当時としては大胆なサービスを事業化したことで、私たちが直接マーケティングを行って世に問うていくことができ、結果、専門店としてお菓子を特化していくにはどうしたらいいのか、店は将来どうあるべきなのか、地域性や特有の文化や郷土色をお菓子や店にどう反映させていくべきかなど、企画相談を多々受けるようになりました。
 こうして目指すべき事業体をなんとか認知いただくまで約14年、10年間くらいは「アンゼンさんっていったいどういう会社なの?」と問われ続けてきました。専門誌の広告はじめ、営業の一人一人の教育、お客さんとのコミュニケーションの在り方、そういったところも短時間では徹底できなかったわけですが、最近になってようやく「アンゼンさんがやろうとしていたのはこういうことなのか」とご理解いただけるようになったと思います。
 近年の傾向の一つとして、他業界の、特に食品関係の方々が菓子業界に注目しているということがあります。菓子屋さんは非常にパッケージが先行しているね、きれいですね、時代性にあったお店になってきた…などが、随所に見えてきたということでしょうか。当社も全く違った業態からのご相談をよく受けるようになってきました。これは我々が想像もしてなかったことですが、他業態との差異にある発見は、お菓子屋さんへの提案におおいに繋がりつつあります。
 また、私が社長になってからの時代背景として、ゴミの問題、自然環境の問題など、パッケージというものが難しい時代に突入していることもあります。ただ、今はご家庭のお鍋や容器を持って豆腐を買いにいく時代ではないので、パッケージの便利性、安全性は大前提としての問題だと捉えています。
 私の時代、和菓子業界へ<ルミアカップ>という当社の代表的な商品を世に出すことができましたが、ここまで広く定着するとは思いませんでした。その当時、一軒のお菓子屋さんが一年間に一万個使ってくれればと計算して、一億五千万くらいは売れていいのかなと試算した記憶がありますが、現在はおかげさまで当社がシェア50%くらいを供給できています。フタの付いた上生用の容器なのですが、中身の乾燥を防ぎ、衛生的に保護することができるという機能性が、パッケージとしての要望に応えてゆけるだけのものだと思います。

 最後に、間もなくトップは専務の代となりますが、その頃は果たしてどういう時代になるのかも見据えておかなくてはなりません。
 3〜4年後、団塊世代1000万人以上が定年を迎え、日本のマーケットはこれまでになく大きく変わるだろうと言われています。高度成長期、バブル期〜崩壊後長らく続いたデフレ時代、その後低迷が続いてきた今日まで、と、3つの時代を経験してきた団塊世代の夫婦は、旦那さんが家計を守り、奥さんが専業主婦であった世代とは確かに異なります。双方共に働いて社会に貢献し、家庭も二人で作り上げてこられた、リタイア後もめいめいの好みを主張し認め合いながら、例えば75歳まで生きるとして15年以上の時間や貯蓄もあるとなると、どういう価値観をもった消費者となるのだろうか。こういったことも、われわれは商売を通してしっかりと把握しておく必要があろうかと思います。

 目指すべき当社の未来像、在り方というのは以上のようなことですが、あくまでも食品を対象に、特にお菓子のジャンルに特化して、そこに叶うべきパッケージの提案を限りなく目指していくことに変わりはありません。パッケージを通してどう皆さまのご商売に貢献できるかが、常に当社のテーマとなってきました。
 私どもの拠点は先代から赤坂にあり、今は麻布に移りましたが、同じ港区内です。港区には我々のビジネスを外からサポートしてくれる人的支援が豊富にあります。それぞれプロフェッショナルな人たちの力をお借りしているからこそ、当社も今日まで商売を続けることができました。加えて、政治・経済の中心として、やはり情報が集約されている東京です。中でも港区はその最たる地区、時代性を捉えるには大変よい場所です。そういった地の利も存分に活かしながら、パッケージを通してよりためになる情報をお届けし、顧客の皆さまを限りなくサポートしていくことがわれわれの立場ではないだろうかと考えています。
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