第二次創業期、昭和58年には私もすでに入社しておりましたが、高度成長期とともにお菓子も多様化しつつあり、羊羹や饅頭だけでなく、いろんな焼きもの、特に各都道府県の菓子が名物化し、バリエーション化されていった時代です。この頃、お菓子の包装はもっと広く進化していくだろうという展望が広がりました。 パッケージ包装の一番大切な使命は<お菓子を衛生的に安全かつ破損なく日持ちさせること>にあります。一方で消費者は、よりきれいで、中身を主張できるパッケージを要望するようになっていました。日本人に本来の美意識としてある“包む文化”は、例えば風呂敷できちんと包んでお届けし、相手方でそれを解いて気持ちを伝えるといった行為自体に意味を持つもので、たとえば、金品でも裸のままお出しするものではないよう、のし袋があったり懐紙があったり、日本の包装はそれぞれのかたちに根底を持っています。生活が豊かになるとともに、和菓子にも生活の様式に合った包装が要望されるようになってきたのは当然でもあり、そういった様式が包装本来の使命とともに大きな必要性にもなってきました。
組織化を行った約4年後の1987年、新社屋完成と同時にCIを導入し、株式会社アンゼン・パックスと社名変更しました。第三創業期の始まりです。ANZENは旧社名をそのまま引き継ぎ、PAXのPは本来のPACKAGEとPEOPLEの意、PEOPLEとは社員、顧客のみなさま、消費者まで含んでいます。Aは当時赤坂の地にあったことから、Xは未来、いつの時代も過去を否定せずに未来を見据えた企業集団として歩んでゆきたいといった意味を込めて社名としました。また、パッケージデザインやお菓子屋さんの将来像を提案するショールーム<ぎゃらりー包の館>を併設し、社内的にはデザイナーの要請や企画室の充実を図っていきました。 一方で、当時想像できなかったデメリットも出てきました。パッケージを提案するにあたって、デザイン性や表現力を考えてゆくほど、従来作っておられるお菓子に合わなくなってきたのです。こういう企画こそ御社の時代性を捉えた新しいパッケージですと提案した時、お菓子の表現とパッケージイメージとがずれてしまう。われわれが提案する新しい企画は、旧来のお菓子にはそぐわなくなる傾向がありました。
最後に、間もなくトップは専務の代となりますが、その頃は果たしてどういう時代になるのかも見据えておかなくてはなりません。 3〜4年後、団塊世代1000万人以上が定年を迎え、日本のマーケットはこれまでになく大きく変わるだろうと言われています。高度成長期、バブル期〜崩壊後長らく続いたデフレ時代、その後低迷が続いてきた今日まで、と、3つの時代を経験してきた団塊世代の夫婦は、旦那さんが家計を守り、奥さんが専業主婦であった世代とは確かに異なります。双方共に働いて社会に貢献し、家庭も二人で作り上げてこられた、リタイア後もめいめいの好みを主張し認め合いながら、例えば75歳まで生きるとして15年以上の時間や貯蓄もあるとなると、どういう価値観をもった消費者となるのだろうか。こういったことも、われわれは商売を通してしっかりと把握しておく必要があろうかと思います。