|
「人に本をあげる、もらう、ということは難しいから気をつけなくてはいけない」などということを聞いたことがありますが、私などは本をもらうことは大好き、紹介してもらうということも大好き。それが、どんなものであろうと、そこから、その人を感じ取ったり、知ったりすることに繋がると思えるからかもしれません。その本がその人のすべてというわけでもありません。ただ、そのときその本だったということ。
作詞家の伊藤アキラ氏の下で修業していた頃、先生のご友人たちが、事務所を訪問されることがよくありました。学生時代からの長いお付き合いであるご友人がいらしたとき、いつもくださる、というわけでもなかったのに、突然渡されたのが、小池真理子氏の本でした。当時の私にとって彼女は、小悪魔的な雰囲気も魅力的な、おしゃれで美しい作家という印象だったような気がします。本の装丁も、赤と黒を基調にしたもので、恋愛サスペンスのようだったと。「どうして、この本をくださるのですか?」とお聞きしても、はっきりとした答えもなく、「実は、ついご自分で買ってしまったけれど、持ち帰りたくなくて私にくれたのかしら」などと想像していたものです。冗談やダジャレが面白く快活だったその方は、その後お年というほどでもなく、亡くなられてしまいました。それからは本屋で小池真理子氏の本を見かけると、なんとなく、その方を思い出すこともありました。
夏の軽井沢駅で、小池真理子氏と藤田宣詠氏のお二人を見かけたのは、それから十何年もたった頃。小池さんは写真などで拝見していたとおり、美しく知的な印象そのままでした。実は藤田さんに関しては「サングラスをかけていて、細い」という印象しかなかった私でしたが、一目見て印象は一変しました。実際の藤田さんは予想に反して(失礼!)、細いだけじゃない、かっこいい!ご一緒の黒皮のパンツ姿も二人の雰囲気にぴったりで、駅のホームで埋もれるでもなく、目立つでもなく、自然に立っている感じがよかったのです。それ以後、私は二人のファンになっていたのでした。
この夏、小池氏の「夏の吐息」がでました。今までの恋愛小説とは違い、登場する女たちは、皆ひたむきに生きていて、“もっと深く、心の奥底にある大切なものを、互いに静かに抱くような、透明で形のない宝物のような愛”を求めているのでした。時代がそうなってきているのか、多くの人がそう望んでいるのか、
私自身が年を経たからか。どのヒロインが出てきても、どこか自分のことのように思えて、恋愛よりも、さらに昇華された純粋な愛の姿に引かれていくような気がしました。
そんな本を読みながら飲んだお茶は、安渓鉄観音で、桃といっしょに頂きました。お茶としての味わいや香りはきりりとしっかりしているのに、優雅なやさしさで包んでくれるような、いつ飲んでも心ごと身体ごと受け止めてくれるような、奥ゆきを感じさせてくれる安渓鉄観音。季節の桃の瑞々しさにも、きちんと響いてくれて、ちょうどよく合います。
お茶を飲みつつ本を読んでいて、ふと、小説の中には紅茶と日本酒しか出てこなかったことに気がつきました。今回の小説「夏の吐息」と素敵な小池さんにあうお茶はなんだろう、場面の中に書かれたお菓子やお茶から連想してみることにしました。そして思いついたのは鳳凰単木叢(ほうおうたんそう)桂花香とシャンパン。“心の奥底にある大切なもの”を求めるイメージから、人がなにか考え事をしているときシャンパンの泡の動きなどを見つめていると心が落ち着いてくるかもしれない、などと思い至ったのでした。
読後も酔い心地に誘われて、“心の愛”はさらに本を求め彷徨い、小川洋子氏の「博士の愛した数式」にたどり着きました。細かいところで立ち止まっては涙をあふれさせ、そしてまた読み始め、“忘れても忘れられても、その一瞬だけでも、共に過ごした思い出があればそれでよい。思い出などと言葉に表されなくとも、心にひとつの灯があればよい”、そんな気持ちになってくるのでした。
茶道では「一期一会」という言葉をよく使います。その人とそのときしかない時間と場で、誠心誠意をもってもてなす、というようなことでしょうか。何の気なしに使ってしまっていますが、年を経るごとに、「今、この瞬間は二度とやってこないのだ」と、言葉が胸に迫ってきます。お茶と“一瞬の絆、あるいは友愛”は、どこか同じ心なのかもしれません。
求めている愛の答えを探すように、ささやかな絆のために心を温めておけるように、愛すべき登場人物たちにも、今回のお茶を捧げることにしましょう。数学とお茶を結びつけるのは、至難の業ですが、グラスの中で、お茶の葉が、浮いたり沈んだりする姿を眺めていたら、もしかして物理の浮力の話くらいには近づくかな、どうかな、と思い、君山銀針にしてみました。博士のいる食卓に、シャンパングラスの中国茶などありえないだろうけど、博士に見せたかったな、なんて言うだろうか、と思いを馳せながら、独断と偏見をもって選んでみました。
|