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茶の間 菓子の間
     
お茶とお菓子の間をとりもつティータイム。仕事の傍ら、お茶に魅せられてアジアの茶場を探索する広岡さんは、菓子通としても知られ、お茶をみつけたらお菓子、お菓子があればお茶を、と常にマッチングを愉しんでおられるとのこと。日頃の愉しみ方からおもてなしのアイデアまで、ジャンルやスタイルを問わず綴っていただきます。
 
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茶の間菓子の間
 ネパールへの旅の途中、バンコクに立ち寄りました。実は以前から、バンコクに行くようなことがあったら、ぜひ、あるお菓子を探したいと思っていました。ポルトガルから日本に伝えられた鶏卵素麺に似たお菓子が、タイのバンコクにあると聞いていたからです。今回は夕刻に着いて翌朝には発ってしまう予定 でしたので、その短い滞在時間の間に、そのお菓子を探すことができるかどうか、自信がありませんでしたが、街を歩いて探してみることにしました。なんでも、それは大航海時代にポルトガルから遠く日本に伝えられ、江戸初期には、タイのバンコクで活躍した貿易商の山田長政(?〜1630)と共に古都アユタヤに住んだその夫人が、この菓子の技法をタイのバンコクに伝えた、ということでした。ということは鶏卵素麺が、ポルトガルから海を渡り日本へ伝わり、さらにタイのバンコクへと海を渡ったというわけで、卵と砂糖でできた素朴なお菓子が、なんと遠く旅をしたものだと感慨深く、またそれは、さらに日本人が仲介したのかもしれないということで、地球の海を跨いで伝承された壮大なロマンのようにも思えて、大変に興味深く思っていたのです。ただし、いろいろ調べてみると、そもそも山田長政その人が、実在したかどうかという問題も孕んでいるようです。歴史というのは、そこがおもしろくもあり、また難しいところでもあります。
 また、もうひとつ伝わっている話としては、日系人のマリー・ギマルドという人が関わったというものがあります。祖父がキリシタン大名の末裔である日本人、祖母はポルトガル人。キリシタン禁制により、山田長政の時代に、日本からタイのアユタヤまで逃れてきました。そして、その後、孫として生まれたのが、マリーであるということです。やがて後にタイのアユタヤ王朝の高官コンスタンティン・フォールコンの妻になったといわれています。そのフォールコンが殺されたとき、ポルトガルに逃れようとして捕まってしまい牢獄に入れられましたが、その後、料理の才能を認められ、王宮の菓子部長になったということです。このとき、ポルトガルの菓子をタイに伝え、日本にも伝えられていた鶏卵素麺(タイで、フォーイトーン)や、トーンイップ(卵黄を砂糖で煮た花の形の菓子)などを伝えたというものです。
 料理やお菓子の才能があることで、牢獄から王宮に召される、という話は、とても興味深い。おいしいお菓子作りの才能はタイの王宮にとって、それほど重要な意味を持っていたということですね。あるいは、そうさせるほどの、作り手であった、とも考えられます。何よりも、そもそも菓子部という部署が、王宮にあったということが、また、おもしろい。
 どちらにしても、日本人が多少なりとも関わっている、ということにはなりそうですね。この時代のアユタヤでは、日本だけでなく、ヨーロッパ諸国との国交が開かれ、商人・使節・宣教師が多く渡来、往来し、たとえばカステラもカノム・ファラン(西洋菓子の意)として伝わっているように、多くの西洋文物を取り入れたようです。ということは、ひょっとして実は鶏卵素麺も、ポルトガルから直接伝えられたものかもしれません。しかし、日本人が、鶏卵素麺を愛でたからこそ、さらにそれを異国でも伝承したということであれば、それはそれで、なんだか、とても心が温まるような話であると思われるのです。お菓子が大航海時代に海を渡り、江戸時代にかけて、さらにアジアの海を渡った、となれば海を介した壮大なお菓子だなぁ、と、「黄色いおそば」のような鶏卵素麺のお菓子を眺めるのにも不思議な気持ちが湧き上がってくるようです。
 さて、そのお菓子、バンコクに着いた直後に、ガイドの方に聞いてみると「この日本人は、タイに来るなり、なぜ、そんな甘いお菓子のことを聞くのだ?」と怪訝な様子。しかし街の道端で出ている屋台に出ていること、鶏卵そうめんに似ている「フォーイトーン」以外に同じように卵黄を使った「トーンイップ」というお菓子もあること、などを教えてくれました。そして、タイで飲むお茶といえば、ひと言「烏龍茶!」であるといことも。
 まず街中の歩道で商っている屋台では、水あめのように柔らかな様子のフォーイトーンがありました。人気があるのか、他の種類のお菓子はまだ残っていましたが、フォーイトーンは最後の1つでした。この屋台では、きっと売っている人の手作りなのでしょう。水あめっぽく、非常にソフト。甘さもかなりのものでした。ちなみに「フォーイトーン」は「トーン」の発音が、とても難しいのです。「トォーン」と言うのか「トゥーン」と言うのか、何度も直されてしまいました。その後、フォーイトーンと発音する度に、直されることになるのですが。他の屋台では、もう少し大きめなものがありました。それは、日本で今も売っている鶏卵素麺の形にそっくりでした。切って食べるような感じの形状です。
 さらに、私が探していたのは、マーケットにあるといわれていたもので、細くした糸を丸く寄せたような半生状の形状のもの。スーパーマーケットには、ありませんでしたが、海外ブランドショップも入っているような百貨店の中で見つけることができました。百貨店のお菓子売り場は、多くの種類のお菓子がきれいに飾られていて、とても華やか。あれも、これも、と買いたくなってしまいます。が、今回の私はネパールの国内線の荷物の重量規制が気になって、あまり買うことができません。そこでこの、きれいなお菓子たちを写真に撮るお願いをしましたが撮影禁止とのこと。残念でしたが、記憶に留めておくことにして、おしゃれな包みになっていた、鶏卵素麺の小さな包みを買いました。値段は、屋台よりも少々高めでした。味は、甘さを多少控えてあるようです。半生状なので、日持ちもしそうです。小さくまとまっているので、ひと口で食べられるのもうれしく、屋台のものを、上品にして洗練された感じになっていました。これは、お抹茶のお菓子として、日本の器に盛っても映えそうです。
 翌朝、カトマンドゥへと旅立ちました。その機内食では、デザート(かぼちゃのプリン)に、なんと鶏卵素麺のようなものがトッピングされているではないですか! 機内食といえば、その国を代表するようなものが採用されているはずです。この鶏卵素麺、いいえ、フォーイトーンが、タイという国で、ここまで根付き、人に愛され、またお菓子の代表となっていると、バンコクで過ごした短い時間の最後の最後まで強く印象づけられました。
 さて、タイで飲むお茶は?と聞いて、すかさず答えてもらった「烏龍茶!」は、ホテルなどではコーヒーやジュースほどポピュラーではなく、隅のほうにチャイニーズティーとしてあるのみ。烏龍茶は家庭で飲まれるものなのかもしれません。街中で探す時間がなく、空港でタイの北部で採れた高山烏龍新茶を買い求めてみました。タイ北部チエン ライ(Chiang Rai)附近の標高4,000フィートの場所で作られているもの。タイ産の烏龍茶は、初めてでしたが、青々しい香りと甘い香りとが混ざり合い、さわやかな味わいでした。
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