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カトマンドゥの町のスーパーマーケットで、思わぬものに出会いました。それは、マーケットの中の豆や乾物を売っている通路の奥に、何食わぬ風情で、鎮座していました。なんと円筒形の姿のチーズです。まるでヨーロッパのチーズ屋さんの店先にあるような、直径50cm、厚み10cmほどの、大人が腕を広げてひと抱えする位の大きなものでした。ガイドのビニタさんによれば「ヤク」のチーズとのこと。さっそく試食してみると、意外なことに、と言っては何ですが、かなりの美味。ネパールでこんなにも、みごとなチーズに出会うとは思ってもみませんでした。
分別すればセミハード系くらいの硬さでしょうか。味わってみると、ほんのりと甘みもあり、その中にほんの少しスモーキー風味もあるような気がします。ヤクとは、チベット高原に生息し、体表は長い毛に覆われていて黒くてモソっとしているウシ科の動物なのだそうです。古代モンゴル族は、騎馬軍団が西アジアから東ヨーロッパを含む大モンゴル帝国を形成した時代から、ヤクや水牛、山羊のなどの家畜の乳からチーズを作っていたようです。その当時のチーズから、ネパールで、このようなヨーロッパ系のチーズを作り始めたのは、いつの頃からだったのでしょうか。同じ山国ということでスイスからの援助も多いとのこと、そのためスイス風のチーズを作るようになったのかもしれません。
現在では標高3,800mのヒマラヤのランタン谷のキャンジン村にチーズを作る工場があるそうで、世界で最も高いところにあるチーズ製造所、ということになるそうです。ネパールは、前回触れたミルク菓子ばかりでなく、おいしいチーズの製造拠点があるという意味でも注目に値する国であるように思えました。
ビニタは、私があまりにもヤクのチーズを絶賛するので、日本でお世話になった「日本のお父さん」を思い出したようです。ビニタの留学先であった常滑の守山さんは、その後ネパールに何度か足を運んでいるのですが、やはり、その際にヤクのチーズのファンになったそうなのです。「日本のお父さん」と同じものを好きになったことで、私は、なんとなくビニタの信頼を一気に得たような気がしましたし、見も知らぬ常滑の守山さんに、私はまた、不思議な親近感を抱いたような気がしました。帰国後、守山さんからは、お礼のお葉書をいただきました。さしずめヤクのチーズ同好会日本支部といったところでしょうか。そのような出会いを得たのも、ビニタと守山さんが日本で一緒に過ごした時間が、きっと優しい思いやりの時間であったからであろうことに思いを馳せて感謝しました。
さてネパールは山岳の国、私も登山は無理でもピクニック程度なら楽しみたいと、早朝サランコットの丘へと出かけました。雨季のシーズンオフではありましたが、十数人がすでに来て、日の出を待っていました。日の出を待つのに、紅茶を飲むのが習慣(?)のようで、紅茶屋さんが注文をとりに来ます。そして、ここでもガラスのコップに入ったミルクティーでした。砂糖入りの朝のミルクティーは、身体の底から温まるような気分になりました。
かねてから、ネパールに行ったら、ぜひ山でお茶を点ててみたいと思っていましたので、旅行用の茶箱を持って出かけたのです。実はネパールの国内線は重量規制が厳しく、荷物の重さが一番の問題でした。出かける直前まで、このお茶のセットをどのようにするかは、頭を悩ます問題だったのです。それで抹茶を点てるのはあきらめて、つまり割れてしまっては哀しくなるようなものはあきらめて、しかも比較的軽いものを持っていくことにしました。お湯を沸かす携帯セットと、中国茶の茶壷、茶杯と、日本茶や中国茶、紅茶の茶葉を持っていきましたが、そのときの気分で安渓鉄観音を入れてみました。山頂の望遠鏡の管理も請け負っている地図売りのおじさんにも、ごちそうして感想を聞きましたが、反応はいまいち。やはり紅茶でないとね、という顔をして、首をかしげられてしまいました。お湯が沸きすぎてしまって、お茶が濃くなってしまったことも原因だったかもしれません。ちょっと残念な気がしました。もう一度ネパールに行くことがあれば敗者復活戦のお茶を入れなくてはいけない、などと闘志を燃やしたりしています。紅茶以外は受け入れてもらえないかもしれませんが、おいしく飲んでもらいたいと。
それから、もう一つ。今回のことで今、旅に持っていくような茶箱に、興味が沸いてきました。今回は自分でもどこで求めたものか、すっかり忘れてしまっているのですが、茶箱を自分で作れたらいいなあ、と、そんなことにも今は興味が向いています。茶道でも茶箱は、一つの世界を作っているような気がします。自分だけの茶箱を、自分の手で作れたら楽しいだろうな、と夢を描いている日々です。 |
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