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『ガンパウダー』すなわち『火薬あるいは弾薬』と呼ばれるお茶があることを知ったのは、友人宅でのこと。もう20年も前の話になるでしょうか。一人暮らしの友人宅の隣に引越しして来た男性が珍しいお茶を持って挨拶に来たというので、ご馳走になったのが、『ガンパウダー』との初めての出会いでした。そのときには、英国土産らしい深緑色のきれいな箱に包まれていましたので、中国のお茶であることを考えず、単に英国でブレンドされた紅茶の一種であるとの認識でした。それよりも「引越しの挨拶に紅茶、しかも、しゃれた名前の紅茶を持って来るとは、いったいどのような男性だったのか」と私は友人に問い、友人は友人で「なんだか、冴えない感じの男だった」と答え、「こんなにも私たちを感心させる紅茶を持って来た男なのにね」などと言って笑いあったものです。そして何よりも、その不思議な茶葉の形と、ネーミングに驚かされていたのでした。
今回の浙江省杭州の旅では、どこまで足を延ばすか、他にも候補が上がっていたのですが、再会したとたんに張さんは「今日は平水鎮に行くよ、急いで」と、せっかちさは相変わらずでした。
平水鎮は紹興酒の産地紹興から東南に、さらに1時間弱ほどのところに位置します。この平水鎮で作られるお茶が『平水珠茶』。茶葉を強く捻揉して小さく丸めた形状であることから、欧米では『Gun
Powderガンパウダー(火薬・弾薬)』と訳され、呼ばれてきました。唐の時代から作られているお茶で、この頃から平水は、お茶の交易地であったようで、主に欧州へ輸出されていました。
さて、紹興酒の産地としてよく知られている紹興までは、あっという間の行程でしたが、平水鎮までが距離のわりに、ひと苦労でした。とにかく道路マップというものがなく、大まかな浙江省の地図を拡大したものだけが頼り。道路標識も、おおまかで、何度も車を止めては人々に道を尋ねるのですが、土地人に訛りがあるらしく、言葉が通じないようなのです。距離にしてみれば、寧海と較べても、かなりの近距離だというのに、中国の奥深さを、ここでも垣間見たような気がします。
ここが平水だというところに着いても、どうも殺風景。一軒のお茶屋さんを見つけましたが、龍井茶がほとんどで、平水珠茶は扱っていませんでした。平水まで迷った末にたどり着いたというのに、何も成果がないのではないか、という危惧が頭をよぎりました。が、やっと平水珠茶の工場があることをつきとめました。『平水珠茶』という赤い文字が、建物の上に掲げられています。しかし、人の気配もなく、たった一人いた管理人のおじさんによって、ここは、お茶を梱包するだけの工場であることが判明。なるほど、窓から中を窺ってみても、薄暗い中でかなりの数の箱だけが、連なって置いてあるばかり。お茶の手がかりと言えば、辺りにお茶の香りが漂っていることと、事務所の前に、同じお茶の種である椿の木が植わっていることのみ。管理人の、おじさんに話を聞くしか、これより前へ進む方法がないのですが、何やら手ごわい相手らしく、手間取ってしまいました。
それからまた、道を引き返したり、何度も同じ道を通ったりしながら、たどり着いたのが、『紹興東方茶業有限公司』でした。庭先では、女性たちが午後の茶摘みを終えて、摘んできた茶葉の重量を量ってもらうために並んでいるところでした。一日の仕事を終えた女性たちの賑わいは、万国共通。屈託のない様子で、おしゃべりに花が咲いています。つんだ茶葉を見せてもらったら、これが、きれいな黄緑色でした。茶葉の芽が、ツンツンとして、大変に美しい。しかし、これは、目指す平水珠茶の茶葉ではありませんでした。平水珠茶の茶葉を摘む季節ではなく、この時季摘んでいるのは、杭州の龍井茶の茶葉なのでした。
平水珠茶は、別棟で、工場へ出荷するために、重さを量っているところでした。龍井茶を炒る場面が印象深く、平水珠茶は、いったいどのようにして、あのような丸い形状にするのかと思っていましたが、今や、機械で成形するとのこと。出荷に忙しそうで、その機械を動かしてもらうわけにはいきませんでした。
出荷された平水珠茶は、現在、遠く中近東やモロッコなどアフリカ大陸にまで輸出されているとのこと。緑の色が深く、黒く光っているような色合いや、ガンパウダーという力強い名前は、強い太陽光線の風景の中で、受け入れてもらうのには、きっとぴったりなのかもしれません。また、さわやかな香りと、きりっとした渋みやその味わいは、ミントティーを作るのに、適しているのでしょう。モロッコのミントティーは、中国の緑茶、平水珠茶と、新鮮なミントと砂糖とで作られているといいます。鄙びた平水鎮と、モロッコなど中近東やアフリカが繋がっていくと考えて飲んでみるのも、お茶の楽しみと言えるでしょう。いつかモロッコや中近東の国で、あの平水鎮で作られた緑茶が、ここまで、はるばる運ばれて、ミントと一緒になったのか、などといって味わってみたいものです。
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