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中国の茶摘みを見て、次は実際に日本で茶摘み体験をと、一人で勝手に期待していましたが、今年は春からの天候不順。茶摘みの機会は夢と消えてしまいました。そこで、茶摘みをするはずであった静岡市清水の「かわばた園」佐藤陸人氏にお茶づくりについてのお話を伺うことにしました。佐藤さんは、お父さまの代から40年近く無農薬でお茶をつくり続けています。残念なことに、茶摘みの作業は伺った前日に終わってしまいましたが、忙しい中、茶畑を見せてもらうことができました。
無農薬というのは、まったく農薬を使わないということですから、最初は、周りの農家からの理解も得られなかったようです。農薬を使わないということは、天候の影響も出やすいし、ことに害虫がついたりすると、近隣の畑にも影響が出かねないと判断されるかもしれない。そのような難しい無農薬でのお茶づくりを、どのように乗り越え続けてこられたのですか?と問うと、「何もしない」との答え。「何もしない!?」いったいどういうことでしょうか?佐藤さんは、「流れに身を任すというのか、自然に任せる」とこともなげに言います。茶の木にとっての害虫は、それが害虫であっても、その虫には、そのまた天敵の虫がいる。だから、大丈夫なのである、と。なるほど、もともと本来存在していた自然のサイクルの中で育てていくという意味なのですね。無農薬の畑を始めた最初のうちは、なかなか育っていってくれないが、やがて、土そのもの、木そのものに力がついてきて、農薬を与えなくても、作物として自立できるのだそうです。とはいえ今年もそうだったのですが、天候不順で、手摘み煎茶はだめだったそうです。何もしない、それはそれとして受け入れるしかないのだそうです。なんという、大きな考え方。しかしそれは厳しい選択でもあるでしょう。このカタチと精神を受け入れてもらえる、その農業を理解してくれる人がいるからこそ、成り立っていることなのだそうです。
山の上の茶畑を見せてもらうことができました。そこは、何年か前に、後継者がいなくなったことから買い取った畑だそうです。以前の方は、特に無農薬でということではなかったので、佐藤さんが無農薬栽培にしたことで、最初はなかなか育ってくれなかったといいますが、ここ何年かで自立した畑です。山の頂上に近く、周りは、ヒノキが植えられています。ヒノキの場所は実は、以前は茶畑だったのですが、その農家が続けられなくなり木を植えたもの。お茶づくりの農家を続けること自体が大変なことなのだと実感。隣に茶畑がなく、木でさえぎられているということは、無農薬である畑が他の畑の影響を受けにくいということで、絶好の場所だということです。
本当に気持ちのよい場所でした。ここ静岡の清水が日本を代表するお茶の産地のひとつなのだ、と感慨深く眺めました。茶畑になった山々は、ここも、あそこも、こんもりと盛り上がった緑、重なり合うような緑。最高の景色でした。しばらく中国の茶畑を見ていた私の目に、日本のしっとりとした緑色が、心に優しくしみ込んでいくようでした。
山を移動しているときに気がついたことですが、作業をしていた農家の人は、かなり高齢の方が多いようにも見受けられました。土日には、家族総出で作業をするところも多いそうです。またお茶づくりの作業は、二人組みになって行なうことも多いとのこと。意外に人手も要るようです。機械にも各種あり、一人用の機械もあるが、いろいろな作業のための機械そのものが高価であることなど。お茶農家にも問題は山積しているようです。また全体的には、ペットボトルとしてのお茶の需要は増えても、お茶を淹れるという行為そのものが減っている状況に、どのように対応していくべきか、など、お茶についてのお話は尽きないのでした。緑の山々と茶畑を見ながら、あまりにも大きく深い問題を目の前にしてしまったことに気がつき、今回の取材をどのようにまとめたらいいのか、正直、悩んでしまったのです。
悩んでいたときのお茶のお稽古での掛け物が『水上青々碧』。(すいじょう、せいせいたるみどり)水上に、青々とした浮き草が浮かんでいるという意味だそうです。青々と美しく見えても、もともと根のない浮き草で頼りないものであるという意味で使われた言葉です。この意味するところは、流れに任せて漂うが、どこにあっても、その場その場で、青々とした美しさを放っている、ということ。これを掘り下げて、根のない浮き草に過ぎないかもしれないが、見方を変えれば、無常の世にあって、鮮やかな生命の発露なのである。世の中の価値観にとらわれない自由人の生き様をあらわしているのである、とのことでした。言葉の深さには到底行き着かない身なのですが、それでも、その言葉に励まされるような気持ちになり、お茶をいただいていると、なんという贅沢な時間かと思われてきます。
ふと、静岡の緑の山々の風景が浮かんできました。『山の上、青々たる碧』などと。お茶やお茶の山々が浮き草だというのではありません。れっきとして日本の山の大地に根付いています。ただ農家としての数々の問題は世の無常でもありましょう。なんとなく、この言葉と重なり合ってしまいました。世の無常にあっても、それでもお茶の山々は輝いていました。働く人は穏やかで懸命でした。お茶づくりの話、無農薬の話、みなこの言葉と関わりがあるように感じられてきたのでした。流れに任せて自然に任せて作り続ける。どのようなときにも、その場その時、お茶はお茶であって、青々とした存在感と味を呈するのである、と。
昔から連綿と続いてきたものには、厳しさとともに、人を包み込むような不思議な優しさを擁しているように思えるときがあります。今回は、たまたま出会ったそんな言葉とともに、お茶をいただいたひとときでした。
佐藤さんのところの抹茶づくりは、これから。まろやかな、そのお茶を楽しみにして、日本の新茶をまた一服、いただきました。
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