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ベトナムへ行くなら、まずハノイ、しかも7月に、と以前から心に決めていました。ハスのお茶を作る季節と聞いていたからです。07年7月、待ち焦がれた機会を得ることができました。
ベトナムの首都ハノイ、朝7時半、旧市街36通りHangDieu通りの「Huong Sen(フォン・セン)」という店に行くと、店の中にはもうすでに、はすの花がいっぱいに広げられて、はすの花のおしべを分別する作業が始まっていました。さっそく「フォン・セン」の店主であるハイ(Hai)さんに話を訊くことにしました。この店は19世紀には、王宮にお茶を献上していたといいます。ここでいう王宮とは、1802年に南北統一を果たしたグエン朝のことでしょうか。それは長い間のたび重なる中国の支配との闘いがあった後でした。やがてその後フランスの侵略を経て、ベトナム戦争へと激動の歴史をたどっていきます。今のように自由に商売できるようになったのは、1975年にベトナム戦争が終結してからのこと。その間フォン・センでは、自分たちのために、昔から伝わってきた方法で、はす茶を作り続け、その伝統を守ってきたのだといいます。代々の王宮などに献上される高級茶であり、いわば宮廷茶、高価な価値のあるものとして扱われてきた「はす茶」、このような伝統的な方法でつくる「はす茶」は、「フォン・セン」の他に、この通りに、もう一軒あるのみとなってしまったそうです。
この伝統的な「はす茶」ですが、はすの葉から作るお茶ではありません。また人工的に、はすの花の香りをつけたお茶でもありません。はすの花のおしべと、厳選された茶葉から時間と手間をかけて作るのが、本来の伝統的な「はす茶」です。
さて、私が店に着いたときに、ハイ(Hai)さんと家族が行なっていたのは、その日の早朝に摘まれてきた大量のはすの花から、はす茶の香りの決め手となる、おしべの先の「葯(やく)」の部分と、花の内側にある小さな花びらを、もぎ取り、はすの葉の上に分別する、という作業でした。そのおしべの先の部分は「ガオセン」と呼ばれていて「ハスの米」という意味なのですが、なるほど、お米のような大きさと白さ。これが、はす茶の香りをつける大事な役目を担うわけです。お米と同じように、なくてはならないという意味でも、お米という名に相応しいものなのでしょう。分別するときに気をつけなければならないのは、真ん中の黄色い部分のめしべに触れないようにすること。というのは、めしべに触れてしまうと、苦味が出てしまうのだそうです。1本1本丁寧に、おしべをはずしていくのは、簡単そうに見えて難しく、慣れた人でないとうまくいかないそうです。朝の4時半頃から摘み始めたはすの花は、お店に伺った7時から8時頃が、一番香りが高くなる時刻なのだそうで、お茶を作る作業の時間も、花の性質に合わせて昔から受け継がれてきたことを窺わせられました。100本から120本ほどの花から採れるおしべを使って、出来上がるお茶は、たったの100gだといいます。気の遠くなるような、手間ひまかけた作業であるということに、あらためて驚かせられました。
次に、この「ガオセン」を、一旦緑茶の茶葉と共に24時間ほど熟成させますが、この作業は、はすの香りを保つために、早朝のうちに終わらせなければなりません。しかも使う茶葉にも、こだわりの伝統があるのです。まず、海抜1000m以上の高山茶で、しかも2〜3年熟成させた古い茶葉を使うのだといいます。熟成させる際には、そのガオセンをまぶした茶葉の上に、はすの花と葉をかぶせておきます。お茶の作り方そのものは、まったく違いますが、徳島の阿波晩茶の時にも、棕櫚の葉を上に置きました。葉を上に置くということで、殺菌であったり、熟成を促進したり抑えたりするということ、茶作りには、茶葉以外の葉を補助に使うということを、ここでも見ることになりました。
さらに熟成は、これで終わりではありません。熟成後、今度は紙の袋に入れて蒸らし、乾燥させ、再び「ガオセン」をまぶして熟成をさせます。そしてさらに蒸らし、乾燥を行います。この工程を7〜8回繰り返すのです。この香りつけの工程は、つまり2週間以上の時間がかかるというわけです。しかも、この工程にはガオセンや茶葉だけでなく、その時の気温・湿度などを見極める熟練した勘や技術が必要であるとのことでした。この手間ひまかけた香り付けの後、ガオセンは、ようやく茶葉から取り除かれて袋詰めされ「はす茶」となるのです。
はすの実の菓子とともに、できあがったお茶をいただきました。目の前では、まだ分別の作業がされています。この膨大な労力の末にも、ほんの少しのお茶しかできあがらないことを思うと、気の遠くなるような気がしてくるのでした。お茶は仏さまを思い浮かべるような独特の風味がありますが、目の前の作業を思うと、きっと仏さまのような、悟りの境地がなければできないのでは、と頭が下がるような気さえしながら、またゆっくりと、またお茶をいただいたのでした。 |
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