世界的な気候変動について思うこと。

あまりに過酷な状況である。ニュースでははっきりと言及されないものの、先日のヒマラヤでの大洪水や、日本で頻発する桁違いの豪雨も、おそらくこれまでの人間の産業活動がもたらした地球の異変が原因に他ならない――それは、皆さんも日々感じておられることと思う。
これは、人間同士が引き起こす戦争や、金融市場の混乱などとは異なり、自然現象として私たち全員に共通して振りかかっている問題である。
一方で、私たちはマスコミやSNSを通じて、超富裕層のラグジュアリーな生活や、華やかなリゾートの映像を目にし、そこに強い憧れを抱いてしまう現実がある。(ちなみに本来、「セレブ」とは慈善活動などに尽力する人を指す言葉であり、単なる富裕層を意味するものではないのだが)
しかし、そうした超富裕層の人々であっても、この気候変動という危機からは逃れられない。自然はとても公平であり、どんな立場の人であっても、共に考えなければならない問題なのだとつくづく感じる。
もっとも、住んでいる地域による被害の格差や、農作物の高騰などを踏まえれば、そこには極めて不公平な現実が発生していることも事実である。
こうした地球規模の事態を、私たちはどう受け止めるべきなのだろうか。
通常の経済活動を見渡してみても、人間の合理性や効率ばかりに目を向けた営みが多すぎるように思う。
一方で、どれほどAIが発展しようとも、人間にとって「食べなければ生きられない」という真実は決して変わらない。
そう考えると、すべての源である食物とは、まさに生きることそのものであり、自然からいただく尊い恵みである。だからこそ、自然への敬意を忘れてしまっては、やがて食べ物にさえありつけなくなるという事態を招きかねない。
もちろん、人類は何千年もかけて、安定的に食を得るための知恵を絞り続けてきた。そうした歴史を踏まえると、食べ物への感謝をベースにした経済活動のあり方は、今後ますます重要になってくる。
私たち包材に携わる企業としても、できる限りその役に立ちたいと思うが、その中でも「和菓子」という文化は、人類の英知が結集された素晴らしいジャンルであることに間違いない。
自然の恵みに感謝しながら、必要以上に摂りすぎず、必要以上に作りすぎない。そして、必要以上に食べすぎずとも、十分に幸せな時間を享受でき、体に良いものを摂取できる――そんな持続可能なバランスへと社会がシフトしていけば良いと思う。
世間にはさまざまな見方があるが、人間が傷つけてしまった地球が牙を向き、大きな天災となって襲いかかるとき、私たちはそれを畏怖しつつ、常に備えながら謙虚に生活を続けるしかないように思う。

代表取締役 尾関 勇